エンターテインメント・マイノリティ狂騒曲|『ジャクソンひとり』/安堂ホセ【小説感想】

小説感想

センチメンタルな作品だけが、胸をえぐるのではない。

人種差別とリベンジポルノがテーマの本作。ブラックミックス(あえて前時代的な表現をするなら、黒人ハーフ)でありゲイである登場人物たちが、日本を舞台に、自分たちに降りかかったセクシャルなトラブルに”復讐”していく物語だ。

えてして、マイノリティや社会的弱者を扱った作品はセンチメンタルなテイストになりやすい。
しかし、本作は登場人物のキャラクターや文体から、エンターテインメント性をかなり高めた仕上がりになっている。とにかくストーリーと会話のテンポが速いのだ。だからといって、作品が軽薄になっているわけではない。読者がマイノリティに対してどういうスタンスを取っているかを浮き彫りにする超社会派小説でもある。

この小説には、「ただ多様性というものを描いただけ」では収まらない衝撃がある。

書誌情報

作品名:ジャクソンひとり
著者:安堂ホセ
出版:2022/11/16
頁数:160

あらすじ

「実際に生きてるってこと。盗用したポルノごっこじゃなくて」
アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――。
スポーツブランドのスタッフ専用ジムで整体師をするジャクソンについての噂。
ある日、彼のTシャツから偶然QRコードが読み取られ、そこにはブラックミックスの男が裸で磔にされた姿が映されていた。
誰もが一目で男をジャクソンだと判断し、本人が否定しても信じない。
仕方なく独自の調査を始めたジャクソンは、動画の男は自分だと主張する3人の男に出会い

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感想

※ラストには触れませんが、序盤のネタバレがあります。

自分とマイノリティとの距離感

この物語は、スポーツメーカーに勤めるジャクソンがリベンジポルノ事件に巻き込まれるところから始まる。

その日、ジャクソンは新品のTシャツを持って、社員食堂でランチをしていた。このTシャツ、ジャクソン自身はどうやって手に入れたか覚えていない。いつの間にか自宅に届いていたもので、QRコードがプリントされている。
同じ時間に社員食堂でランチをしていた集団がいた。スポーツメーカー所属のバスケットボールチームだ。そのチームのメンバーが食事中にスマホのカメラを弄っていた時、偶然ジャクソンのTシャツのQRコードを読み取ってしまう。
スマホの画面に表示されたURLにアクセスしてみると、そこにはジャクソンと思しきブラックミックスの男が全裸で磔にされており、奇怪な性行為を行っていた。

バスケチームのキャプテンがジャクソンを呼び止めその動画を見せる。「これお前だろ」、という悪意を持って。しかし、ジャクソンには身に覚えがない。TシャツのQRコードがどこにリンクしているのかもジャクソンは知らなかった。だが、キャプテンはジャクソンが否定しても信じない。なぜなら動画の男にジャクソンがとても似ていると思っているからだ。

その後、動画を作成した犯人を探し始めたジャクソンは、動画の男が自分ではないかと主張する3人のブラックミックスに出会う。そして、犯人を見つけるために4人が編み出した作戦、それは4人がそれぞれ別のメンバーに入れ替わってしまう、というものだった。入れ替わる方法は、別のメンバーの服を着るだけ。そして、この作戦は思いのほか上手くいく。

この描写が示唆しているのは、日本人は服を替えたぐらいでブラックミックスが判別できなくなってしまう、という皮肉だ。バスケ部のキャプテンにしたって、ブラックミックスだというだけで動画の男をジャクソンだと決めつけている。

昨今、SNSをはじめ、多様性への理解を求める声が上がっている。言葉の上で「私は差別しない」と言うのは簡単だ。しかし、いざ目の前にブラックミックスの男が現れたら、私は彼がジャクソンかそうじゃないか分かるのだろうか。判別もできないくせに多様性への理解なんて、口が裂けても言うべきではないだろう。本当に自分はマイノリティに偏見がないのか、そもそも偏見を語る以前のレベルにしかいないから「偏見がない」なんて軽く言えるのか、改めて自分とマイノリティとの距離感を考えさせてくれる作品である。

なお、入れ替わり作戦が上手くいった結末は…ご自分の目で確かめてほしいが、これもまた頭を抱えたくなるような展開が待っている。

ジャクソンひとり?

本作のタイトル、ジャクソンひとり。
とってもいいタイトルだと思う。このタイトルには様々な意味が含まれているように思う。

まず、表記である。カタカナとひらがな。日本語を学習し始めた人間でも読めるかもしれない。すなわち、外国人でも日本にいるならこのくらいは読めるかもしれない、という偏見である。
作中のブラックミックスたちは流暢に日本語が話せる。日本に暮らす、日本語ができる外国人は今やかなり多い。しかし、日本人は日本語が話せる外国人によく「お上手ですねえ」などと言ってしまう。日本語ができないことを前提に接しているからだ。
ブラックミックスだというだけで、「一人」が読めないんじゃないかという日本人らしい偏見がこのタイトルからチラリと感じられる。

次にこの小説の視点移動である。この小説は「三人称多視点」で書かれている。三人称多視点とは以下のような文章だ。

Aがピザ屋に電話をし、マルガリータとミックスを頼んだ。必要以上に声が大きい店員に応対され、耳が痛む。Bは内心納得していない。肉の乗ったピザが食べたい気分だった。Cが自転車でピザ屋に向かう。じゃんけんに負けたのは癪だが、夜風を切って進むのは心地いい。

駄文、いたし方なし。とにかくこの小説はこんな感じで(もっと上手に)地の文の視点保持者がコロコロ変わる。それこそ1ページ中に主語が3回変わったりする。スピード感がすごい。このスピード感が、この小説のエンターテインメント性を支えているのは確かなのだが、全然ジャクソンひとりじゃないことも確かである。
それに、この小説はジャクソンが他の人間に入れ替わる小説である。ジャクソン一人では成り立たない設定で、なぜこのタイトルなのか。
私が思うのは、ジャクソンは本来一人の人間のはずなのに、日本ではブラックミックスの一個体として他人と入れ替われてしまう。マイノリティが珍しいからこそ逆に埋没してしまうというパラドクスを示唆したのではないかと思う。

感想を書けば書くほど、自分の普段の行いや考え方を見直したくなる小説だ。
ただ、読書にそういう一面もあるということは素晴らしいことだし、何より本作は小説として面白いのが強い。難しいことを考えなくても、登場人物の歯切れのよい会話を見ているだけで楽しい作品でもあるので、ぜひ手に取ってみてほしい。

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