人生の「重さ」とは|【小説感想】『存在の耐えられない軽さ』/ミラン・クンデラ

小説感想

人生は繰り返せない。
使い古された言葉だ。

では、その一度しかない人生は「重い」方がいいのだろうか、それとも「軽い」ほうがいいのだろうか。
言い換えれば、守るべきものを抱える「重い人生」か、孤独でも自由に生きる「軽い人生」か。
そもそも一度しかない人生は酷く「軽い」ものではないのか。そんなものを「重く」することなどできるのか…

本作は男女の恋愛と人生を哲学の視点から切り取り、人を愛することの意味を見つめなおした名著である。

書誌情報

書名:存在の耐えられない軽さ
作者名:ミラン・クンデラ
出版:1998/11(日本語訳)
頁数:400

あらすじ

「プラハの春」とその凋落の時代を背景に、ドン・ファンで優秀な外科医トマーシュと田舎娘テレザ、奔放な画家サビナが辿る、愛の悲劇―。たった一回限りの人生の、かぎりない軽さは、本当に耐えがたいのだろうか?甘美にして哀切。究極の恋愛小説。

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この本のテーマ・描かれていること

  • 人生における「重さ」と「軽さ」とは、そしてそのどちらが善いのか
  • 登場人物が人生の岐路で様々な判断を下すことによって、人生が重くなったり軽くなったりしていく
  • その「重み」、もしくは「軽さ」を時に受け入れ、時に耐えがたいほど苦悩する登場人物たち
  • 人生は一回であり、一度得た「重さ」も「軽さ」も取り戻しは効かず、再現性もない

感想

人生の「重さ」と「軽さ」

20代男性の7割が配偶者も恋人もいない時代である。
「ここのところ、恋人はおろか好きな人もできないな」みたいな人も少なくないのではなかろうか。
恋愛において孤独状態にあるとき、ふと、寂しさを感じるときがあると思う。
それが、この小説で言う「軽さ」の一端である。

誰とも愛情でつながっていない状態が続き、「一度しかない人生なのに、どうして自分は誰かと真剣に愛し合えないのだろう」という考えになっていくとそれが段々「耐えられない軽さ」になってくる。
すなわち、着の身着のままの人間の存在は、あまりに「軽い」。
そしてそれは、人生が繰り返さないことと大きく関係している。もし人生が繰り返すのなら、いつか愛する相手ができるかもしれない。しかし現実はそうではないのだ。

主人公のトマーシュは、物語が始まった当初、望んで「軽い」人生を謳歌している。プラハでも指折りの腕を持つ外科医である彼は、250人の女と寝たプレイボーイであるが、誰とも真面目に付き合ってはいない。結婚も過去に一度していたが、元妻にも息子にももう会っていない。元妻と離婚の際に揉めたことで自分の両親とも揉めたのだが自分の両親にもコンタクトを取らなくなってしまっている。
とにかく自由で「軽い」人生なのである。
しかし、そんな彼の下に田舎娘のテレザが転がり込んできて、何故かピンと来て結婚してしまってからというもの、彼の人生はどんどん「重く」なっていく。テレザのことは心から愛しているし、離れられないけれど、女遊びはやめられない…。「重さ」と「軽さ」の狭間でトマーシュは懊悩する。人間は人を愛さなければ「軽さ」に耐えきれないが、自分のキャパシティ以上の愛を抱えようとすると「重さ」に潰されそうになるからだ。

一方で、画家のサビナはとにかく自分の人生を「軽く」していきたいと心の奥底で願っている。美しく才能のある彼女には言い寄ってくる男性もいるが、本当に真剣に愛して「重さ」を手に入れることがいいことなのか、彼女も悩む。彼女は、最終的に「軽さ」を選べるのか、そしてもし「軽さ」を手に入れてしまった時、彼女はその「軽さ」に耐えられるのか。それはぜひ読んで確認してほしい。

自分は誰かの重さにもなれるということ

トマーシュの下に転がり込んだ田舎娘、テレザは毒親持ちである。
テレザの母親は、評判になるほど美しい娘だったが、避妊の失敗によってテレザを身ごもる。そして、出産と加齢で自分の取り柄だった美しさが失われたことで、壊れてしまう。裸で室内を歩き回る、大声で排泄の話をするといった「女らしくない」行動を取ることで、かつて美しかった自分を抹消しようとしている。さらに、自分が美しさを失う原因となったテレザの扱いは酷く、年頃の女性が絶対に触れてほしくない身体の成長を大声で親戚に触れまるなどする。当然のように不倫もする。

そんな家庭で育ったテレザは、(他に女がいるとしても)自分を愛してくれるトマーシュとずっと一緒にいる。そして、その行動がトマーシュの人生を「重く」していく。そしてその「重さ」にトマーシュは悩むこともある。

すなわち、誰かに真剣に愛を伝え、人生を共にする覚悟を決める(あるいは決めさせる)ことは他人の人生を「重く」することになる。逆に言えば、存在の「軽さ」に耐えられないもの同士は繋がることでその「軽さ」に耐えうる可能性が出てくる。
人に愛を伝えることで、相手の「軽さ」を和らげることもできるし、「重さ」で押しつぶすことも可能なのだ。

人生が重くなっていく男、トマーシュ。
他人の人生を重くしていく女、テレザ。
人生を軽くしたい女、サビナ。

三人の人生の結末と、愛情の果てに見れる景色。
ぜひ本書を読んで、人を愛することの意味を感じてほしい。

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