現代日本にアステカ最高神が甦る!|【小説感想】『テスカトリポカ』/佐藤究

小説感想

ちょっと面白すぎる。
読了直後の私の感想である。

とにかくストーリーが面白い。そしてキャラクターが魅力的。これぞエンターテインメント小説。「長いのにスラスラ読める」を地で行くタイプだ。さらに新規性がある。
裏社会の暴力性や違法ビジネスを描いた小説は数あれど、そこに神話を絡めているものに私は初めて出会った。

「絶対にいい感じのおじさんが書いた小説でしょ」と思って著者近影を見ると、長髪をポニーテールに結び、ひげを蓄え、不敵に笑ういい感じのおじさんが写っていた。
イメージ通り過ぎる。めっちゃかっこいいやんけ。

凄惨な暴力描写、子供も平気で巻き込まれる犯罪描写などが頻発するので勧められる人はやや限定されるが(とはいえ、高校生直木賞の候補にも残っている)、単純な「小説としての面白さ」でいえば個人的に屈指の傑作である。

あらすじ

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。

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この小説で描かれていること・特徴

・日本、メキシコ、インドネシア、中国…それぞれの裏社会の人間が入り乱れ、一つの大きな臓器ビジネスを生み出していく。

・そのビジネスの理念に鎮座するアステカの神々。

・ネグレクトされて文字も読めないまま育った少年、土方コシモの成長譚。

・サブキャラクター達もバックボーンが丁寧に描かれ、人物像がくっきりと浮かび上がる。

感想

書き込まれた人物と背景

この小説は長い。
単行本で560ページある。文庫本が出ればもっとページ数は多くなる。
その長さの背景には、一人一人のキャラクターの人物描写、および各国の裏社会やアステカ神話についての描写の丁寧さがある。

日本で臓器ビジネスを立ち上げるにあたり、バルミロたちは何人かの仲間を組織に引き入れるのだが、著者はその仲間のほとんどについて、生い立ちから組織に入るまでの人生を描写している。つまり、その仲間がどういう経歴で、どういう家族がいて、どういう考え方で組織に属しているのかが非常にくっきりとしている。そのおかげで、登場人物の言動一つとっても、なぜそのように言ったのか、なぜその行動をするかが想像しやすく、物語にとても入り込みやすい。

また、それ以上に目を見張るのが各国の社会・裏社会とアステカ神話についての描写である。
バルミロはメキシコ→インドネシア→日本と各国の裏社会を渡り歩いていくが、各国の世相や風習はもちろんのこと、各国の裏社会でどういう勢力が幅を利かせているのか、どういう麻薬がどこで手に入りやすいのか、犯罪で得られる金銭の相場は幾らくらいかなどがとても丁寧に描かれているので、「インドネシアの裏社会なんて知らないし、メキシコに至っては行ったことすらないんですけど」みたいな私でも物語に置いて行かれなかった。

そしてアステカ神話である。
バルミロが愛する祖母から日々伝えられてきたアステカ神話はこの物語のカギを握っている。
アステカ神話は構造や神のあり方が複雑である。ある神が突然別の神になったり、ある神と他の神が特定の地方では同一視されていたりして、体系的につかみにくい。また、現在我々が使用しているグレゴリオ暦とは別のアステカ独自の暦もあり、それも神話世界と深く結びついているため、なおさら混乱する。
しかし、この小説はアステカ神話の説明の仕方が祖母から孫に説くという手法をとっているため、語り口が平易で非常にわかりやすい。複雑なところを削ぎ落として説明しているというのはあるが、アステカ神話の概要や軸を読者もつかみやすい物語構造になっている。
私の中で、この本は最高級のエンターテインメント小説であると同時に日本で一番面白いアステカ神話教材である。

なお、著者のここまで丁寧な描写を支えているのが、膨大な参考資料である。
巻末に参考資料一覧が出ているのだが、その数は50に上る。こんなに参考資料が羅列してある小説も少ないのではないだろうか。

より深みへ転がっていくストーリー

この小説はストーリーが面白い。
直木賞なんだからそりゃあそうなのだが、それにしても面白い。

私は、ストーリーの面白さを支える要素として「登場人物の人生や考え方に転機が訪れる瞬間」が納得感をもって描かれていることがあると思っている。

その点ではこの物語は、とても分かりやすい構造を取っている。
日本を追われた臓器ブローカーも、縄張り争いに負けてメキシコから逃走したバルミロも、ネグレクトされて文字すら読めないコシモも、もう失うものがほとんどない。
つまり、お互いに出会うことが転機となり、人生が好転していく(本人たちには好転であっても社会的には悪でしかないが)構造である。そして、人生が変わっていく様に納得感を産むのが、前段に書いた丁寧な人物描写である。
それぞれの人間を丁寧に描いているからこそ、突飛かつ極悪なビジネスの構想が出てきても「こいつらなら本当やるかもしれない、いや、やるだろう」と読者は思える。そうして人生をよりよくするため、また登場人物たちが秘めた野望のため、より深く深く闇ビジネスに浸かっていくストーリーに読者は置いていかれることなく一緒に沈んでいける

一方で好転していく登場人物の人生はに罠もある。だって、登場人物のほとんどが悪人なのだ。物語を覆う、裏社会の不穏な空気のなか、バルミロたちの組織に属している人間たちは抜け目なく身の安全を確保しながら自らの利益を狙っている。このメンバーが本当に組織のビジネスためだけに動くのか。誰が誰を裏切ってもおかしくない。読者は各人物の真意をハラハラしながら見守ることになる。

560ページにわたる長大で深いストーリー。次々登場する他国の世相や神々。そして裏社会で暗躍する魅力的なキャラクター達。様々な要素をごった煮にしているのに華麗に仕上がったフルコースのような本作を読み終わったときの高揚感をぜひ味わってほしい。

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